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東京高等裁判所 昭和45年(行コ)56号 判決

控訴人 新倉まつ

被控訴人 立川税務署長

訴訟代理人 野崎悦宏 他六名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。控訴人が被相続人亡荒井正八郎の昭和三九年一月二七日死亡したことによる相続税の納税義務を負担しないことを確認する。被控訴人が控訴人に対し前項記載の相続税の滞納処分として昭和四三年二月二〇日付をもつてした原判決添付・別紙物件目録に記載の不動産の三分の一の共有持分権に対する差押処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張は、次に付加、訂正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、原判決事実摘示第二、原告の請求原因のうち、「右訴訟の判決が確定するまでは未確定であり」という次に、「従つて、右判決の確定するまでは相続税の納税義務は発生しない。」という主張を加え、これに続いて、原判決の「すくなくともこれを未だ現実に取得していないのである。ところで」とある部分を削除し、この部分に「かりに然らずとしても」を加入する。

二、控訴人が本訴において相続税の納税義務を負担しないことの確認を求める主たる理由は、亡荒井正八郎の死亡によりその相続人である訴外荒井キミと控訴人との間で、相続権の確認訴訟が係属中であるから、主観的にはともかく、客観的には右判決が確定するまでは控訴人の相続権は未確定であり、控訴人は客観的には未だ亡荒井正八郎の相続人とはいえず、納税義務は発生していない。すなわち、前記のとおり共同相続人間に相続権の存否につき裁判上の争いがあるときは、未だ相続権は客観的に未確定であり、相続税を納税すべき義務は発生していないのである。なお、相続税法五五条にいう「共同相続人によつて……未だ分割されていないとき……」というのは、共同相続人間の相続権について争いのないことを前提として、ただ遺産が未だ分割されていない場合でも法定相続分により課税するというものである。本件控訴人の相続権は、その存否につき裁判中であり不確定であるから、右にいわゆる遺産が未だ分割されていないときには該当しないのである。

次に相続税法第一条にいう「相続に因り財産を取得した」というのは、相続権の侵害のない状態で当該相続財産の占有をも取得するという意味であるところ、亡荒井正八郎の遺産については訴外荒井キミが単独で占有し、控訴人の相続権を侵害しているのであるから、相続により財産を取得したとはいえないため、未だ控訴人には納税義務が発生していないのである。

三、(1)  被控訴人は、本件差押処分の前提として、控訴人に対する相続税の延納許可を昭和四三年二月八日付で取消す旨の処分をしたが、右取消処分は、次に述べるとおり権限の濫用であつて無効であるから、本件差押処分は取消されるべきである。

(2)  被控訴人のした右取消処分は、相続税法四〇条二項にもとづいてされたものであるが、(イ)同条項によれば、「延納税額を滞納した時は、延納許可を取消すことができる。この場合に於いては、予めその者の弁明を聞かなければならない」と規定されている。すなわち、滞納した時は取消すことができるというのであつて、必ず取消すというのではないし、また取消す場合には弁明を聞けと要求しているのである。ここに弁明を聞けというのは、取消事由の存否およびその事情を聞くことと解されているが、なに故に弁明を聞くことが要求されているかというに、それは納税者の諸般の事情を考慮して、取消すかどうかを認定するためであり、その目的は納税義務の履行確保に支障はないかどうかを目的として考慮されるべきものである。けだし、徴収手続は確定した租税債権を確実に徴収することを目的としてされるものであるからである。そのため、そのような虞れのない場合またはやむを得ざる事情のある場合には取消すことができないものと解すべきである。(ロ)ところで、被控訴人の本件相続税額は、総額四、九〇〇万円余であり、これを九回年賦の延納許可によつて、第一回分が本税で三八四万円余、さらに延滞税が七七七万円余、利子税が三一八万円余で、総計一、四八〇万円余となるが、控訴人は一家の主婦であつて、もとよりかかる大金はない。(ハ)他方、相続財産はすべて土地建物等の不動産であつて、しかもこれらはすべて共同相続人荒井キミによつて独占され、控訴人の相続権は侵害されており、これが相続分を売却することも金融の資に供することもできない。(ニ)さらにまた延納許可に際しては、控訴人の相続税に相当する以上の担保(不動産に対する持分権)を設定しているのであつて、これが納税については、何らの不安もないのである。(ホ)上記(ロ)ないし(ニ)の各事情は、すでに控訴人が再三再四被控訴人に対して弁明してきたが、被控訴人はこれら弁明をまつたく無視した。

(3)  右の事実によれば、控訴人の本件相続税の分納は、やむを得ざる事情によつて滞納したものであることは明白である。しからば、かかる場合において延納許可の取消をすることは、まさに徴収権限の濫用というべきである。

(被控訴人の主張)

一、本件相続財産につき控訴人主張のような争いのあることは認める。

二、控訴人の当審における主張第三項のうち、(1) 被控訴人が昭和四三年二月八日付で控訴人の本件相続税の延納許可を取消した事実は認める。(2) 右延納許可の取消処分が相続税法四〇条二項にもとづいてしたものであることは認める。(2) の(ロ)のうち、控訴人の本件相続税額が四、九〇〇万円余であり、これを九回の年賦による延納を許可したこと、および第一回分の分納税額が本税額を除き控訴人主張の金額であることは認める。本税額は四八四万九、五一五円である。その余の事実は不知。(2) の(ハ)のうち、相続財産の大半が土地、建物等の不動産であつたことは認めるが、その余の事実は不知。(2) の(ニ)のうち延納許可に際して不動産の持分を担保に徴した事実は認める。(2) の(ホ)のうち、控訴人が被控訴人に対して弁明した事実は認める。

三、被控訴人は、昭和四二年一月二三日付で控訴人の昭和四一年八月三〇日付延納許可申請にもとづき、控訴人の本件相続税を、第一回分の分納期限は昭和四二年九月一六日、分納額は、(イ)本税四八四万九、五一五円、(ロ)利子税三一八万六、〇〇〇円、(ハ)延滞税七七七万一、一〇〇円とし、以後九回の年賦によつて納付することを許可し、原判決添付・別紙物件目録(以下、別紙物件目録という)記載の不動産の三分の一の共有持分を担保に徴した。しかるに控訴人は、第一回の分納期限後である昭和四二年九月一八日に五〇万円を納付したのみで分納税額を履行しなかつたので、被控訴人は同年一一月三〇日控訴人の出署を求め延納不履行についての弁明を聴取したところ、控訴人から共同相続人である訴外荒井キミと遺産の分割につき協議予定であり、旬日をまたずに解決すると思われるから若干(一五日位)の猶予を申し出で、同日五〇万円を納付した。その後再三にわたり控訴人および訴外荒井キミがこもごも出署し、または電話で本件相続税の納付にあてるための相続財産の売却の話が進展しない事情の弁明があつた。被控訴人は、右弁明にかかる事情を検討した結果、控訴人が早期に分納税額を履行しうる見込みはなく、延納を継続することは不適当と判断し、昭和四三年二月八日付で前記延納許可を取り消したのである。

ところで、延納許可、延納許可の取消し等の処分は行政庁の裁量行為に属するものと解されるが、本件延納許可取消し処分は相続税法四〇条二項の規定にもとづき控訴人の弁明を聴いたうえ適法になされたものであつて、毫も裁量権逸脱の違法は存しない。なお、相続税の延納は、年賦による分割納付を前提としており、分割納付の不履行は延納取消事由となるものである。そして税務署長が延納を取消す場合には、延納税額にかかる担保物につき強制換価手続が開始されたとき、および限定承認をしたときを除き、あらかじめ延納の許可を受けた者の弁明を聞かなければならないとされているが、弁明はそれを聴取することにより、取消し等を決定する判断の資料となるものであつて、その者の弁明に必ず従わなければならないものではない。

したがつて、控訴人の前記主張第三項もまた理由がない。

理由

一、被控訴人が昭和四一年八月一六日控訴人に対して、亡荒井正八郎が昭和三九年一月二七日死亡したことにより、別紙物件目録に記載の不動産の三分の一の持分を相続したとして、相続税額六、一二一万六、一七〇円、無申告加算税額六一二万一、六〇〇円と決定し、次いで昭和四二年六月三〇日右決定を相続税額四、九七六万七、四〇〇円、無申告加算税零と更正し、これにもとづき昭和四三年二月二〇日前記不動産の三分の一の持分を差し押えたことは当事者間に争いがない。

控訴人は、亡荒井正八郎の死亡により控訴人が前記不動産の三分の一の持分を相続したことにつき、共同相続人荒井キミとの間において紛争があり、現に同人との間で控訴人の相続権の確認訴訟が係属中であつて、右判決が確定するまでは控訴人の相続権は客観的には未確定であるから、控訴人には未だ本件相続税の納税義務が発生していないと主張するので、まずこの点について判断する。

控訴人の亡母新倉いさは、昭和一九年二月一一日死亡したが、亡荒井正八郎の亡父母と養子縁組をし、その養女となつていたため、控訴人は右正八郎の死亡により、同人が当時所有していた別紙物件目録に記載の不動産の三分の一の持分を同人の妻荒井キミとともに代襲相続したこと、しかるに右キミは右不動産を単独で相続したとして、昭和三九年七月二九日に相続税の確定申告をしたこと、控訴人が昭和四二年三月二七日右キミを相手方として東京家庭裁判所八王子支部に遺産分割の調停を申し立てたが、不成立に終り、さらに控訴人が同四四年一月二四日右キミを被告として東京地方裁判所八王子支部に前記相続により別紙物件目録に記載の不動産につき三分の一の持分権を有する旨の確認等の訴えを提起し、該訴訟が現に係属中であることは当事者間に争いがない。ところで、被相続人の死亡によつて相続が開始すると、それと同時に相続財産に属する権利義務一切が、相続人の知、不知または事実的占有取得の有無を問わず、当然かつ包括的に相続人に移転承継するという実体的効果を生じ、相続人は確定的な相続権を取得し(もつとも相続人は後にその意思により相続を放棄することによつて、相続権の帰属を最終的に拒否しうることは論ずるまでもない)、かりに共同相続人間において一部相続人の相続権の存否その他の相続関係について紛争を生じ、これが確認を求める訴訟が係属するにいたつても、右の実体的効果にはなんらの影響をも及ぼすものではなく、後日その判決が確定するときは、関係当事者間において紛争を解決する機能を営むだけのことである。しかして、相続税徴収の行政庁たる税務署長としては、相続税の賦課決定をするまでに相続権の存否その他相続関係の確定判決がありこれが提出された場合にはこれを尊重しなければならないけれども、右賦課決定をするまでに前記確定判決の提出がないときは、たとえ一部相続人の相続権の存否に関して共同相続人間に紛争があり、その確認を求める訴訟が係属中であつても、相続税賦課決定の前提として、独自の立場で相続権の存否を認定することは、その職務遂行上当然に許容されるところである。してみると、前示のごとく控訴人が亡荒井正八郎の相続権があると主張し、これが共同相続人荒井キミとの間に紛争を生じ、同人との間に控訴人の相続権確認を求める訴訟が係属中であつても、被控訴人が前示認定のごとき事実関係のもとにおいて、控訴人に相続権があり、相続税納税義務が発生したものと認定したうえ本件相続税を賦課決定し、これにもとずいて差押処分をしたのは相当であり、控訴人主張のごとき瑕疵ありとすることはできない。なお、控訴人は未分割遺産に対する相続税課税について定める相続税法五五条の「共同相続人によつて、未だ分割されないときは」というのは、共同相続人間の相続権について争いのないことを前提とし、ただ遺産が未だ分割されていない場合においても法定相続分により課税する趣旨のものであると主張するが、共同相続人間において相続権に関する紛争が存在しても相続税の賦課決定をなしうること前示のとおりであり、所論は理由がない。

二、次に控訴人は、相続税の課税義務が発生するためには、相続権の侵害のない状態において当該相続財産の占有をも取得するという現実の取得を意味するところ(相続税法一条、三二条参照)、本件遺産は訴外荒井キミが独占し、控訴人の右遺産に対する三分の一の相続権を侵害し現実に取得していないから、控訴人には未だ本件相続税の納税義務が発生していないと主張する。

当裁判所は控訴人の右主張は理由なきものと判断するところ、その理由は次に付加、訂正するほか、原判決六丁裏六行目冒頭より同八丁表末行目末尾までに説示するのと同じであるから、これを引用する。

1  原判決七丁表七、八行目に、「当事者間に争いのないところであるが」とあるのを、「前示のとおりである。しかして相続税法にいう相続は、同法に独自の観念ではなく、民法に定めるそれと同じであるから、相続税の納付義務は、被相続人の知、不知または相続財産の事実的占有取得の有無を論ぜず、相続の開始によつて発生するものと解すべく、また」と付加、訂正する。

2  原判決七丁裏一行目に、「現実に相続により取得した財産が確定しない場合」とあるのを、「現実に相続により取得した財産が確定せず、あるいは相続権の侵害のない状態において当該相続財産を現実に取得(事実的占有支配を含む。以下これに同し)しない場合」と、同丁裏八、九行目に、「現実に相続により取得した財産が確定していないこと」とあるのを、「現実に相続により取得した財産が確定せず、あるいは相続権の侵害のない状態において当該相続財産を現実に取得していないこと」と、同八丁表七行目に、「現実に取得した財産が確定できないものであつても」とあるのを、「現実に取得した財産が確定できず、あるいは相続権の侵害のない状態において当該相続財産を現実に取得していない場合であつても」とそれぞれ付加、訂正する。

三、次に控訴人の本件相続税額が四、九〇〇万円余であり、被控訴人がこれを九回の年賦による延納を許可したこと、第一回の分納税額が本税で三八四万円余(被控訴人はこれを四八四万九、五一五円であるというが、この点はしばらく措く)、延納税が七七七万円余、利子税が三一八万円余であつたこと、被控訴人が本件差押処分に先立つ昭和四三年二月八日付で相続税法四〇条二項にもとづき控訴人に対する右相続税延納許可を取り消す旨の処分をしたことは当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人のした右延納許可取消処分は徴収権限の濫用であつて無効であると主張するので、これを審案する。相続税法四〇条二項によると、相続税徴収機関たる税務署長は、延納の許可を受けた者が延納税額の滞納その他法定の事由があるときは、その許可を取り消すことができ、取消しをする場合には、強制換価手続が開始されたときと限定承認をしたときとを除き、あらかじめその者の弁明を聞かなければならないものとされている。これを本件についてみるに、控訴人が第一回の分納税額を完納しなかつたこと、および右取消処分前に被控訴人が控訴人につきあらかじめ弁明を聞いたことは、控訴人が明らかに争わないので自白したものとみなすところ、その事実によれば、被控訴人の右取消処分には手続上の瑕疵は存しない。ところで、右手続上の要件を具備した場合における延納許可の取消処分は、行政庁たる税務署長の裁量行為に属するものと解すべきところ、仮に控訴人の主張する事実(当審における主張第三項、(2) の(ロ)ないし(ニ)参照)がすべて肯認されるとしても、必ずしも被控訴人のした前記延納許可取消処分が裁量権の範囲を逸脱した違法な行為ということはできず、他に右取消処分を徴収権限の濫用と認めるに足る資料はない。したがつて、控訴人の前記主張も失当たるを免がれない。

四、よつて、控訴人の本訴各請求を棄却した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴はいずれも理由がないので行訴法七条、民訴法三八四条一項、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 小林定人 岡垣学)

【参考】第一審判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「原告が被相続人亡荒井正八郎が昭和三九年一月二七日死亡したことによる相続税の納税義務を負担しないことを確認する。被告が原告に対し、前項記載の相続税の滞納処分として昭和四三年二月二〇日付をもつてした別紙物件目録記載の不動産の三分の一の共有持分権に対する差押処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文と同旨の判決

第二原告の請求原因

被告は原告に対し、昭和四一年八月一六日、亡荒井正八郎が昭和三九年一月二七日死亡したことにより、別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を相続したとして、相続税額六、一二一万六、一七〇円、無申告加算税額六一二万一、六〇〇円と決定し、次いで昭和四二年六月三〇日、右決定を相続税額四、九七六万七、四〇〇円、無申告加算税額零と更正した。そして被告は、昭和四三年二月二〇日、前記更正処分に基づいて別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を差し押えた。

しかしながら、前記更正および差押処分は、次の理由により違法であるから、更正処分は無効であり、差押処分は取り消されるべきである。すなわち、

原告の亡母新倉いさは、昭和一九年二月一一日死亡したが、亡荒井正八郎の亡父母と大正八年三月六日養子縁組をし、その養女となつていたものであるから、原告は、右正八郎の死亡により、同人が死亡当時所有していた別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を同人の妻荒井キミとともに代襲相続したものである。

しかるに、右キミは、単独で右不動産を相続したとして、昭和二九年七月二七日相続税の確定申告をし、原告の相続を否認しているので、原告は、昭和四二年三月二七日、東京家庭裁判所八王子支部に遺産分割の調停を申し立てたが、これが不成立になつたので、昭和四四年一月二四日、東京地方裁判所八王子支部に前記相続により別紙目録記載の不動産の三分の一の持分権を有する旨の確認等の訴えを提起し、該訴訟は現に係属中である。したがつて、原告が相続により別紙目録記載の不動産の三分の一の持分権を取得するか否かは、右訴訟の判決が確定するまでは未確定であり、すくなくともこれを未だ現実に取得していないのである。ところで、相続税法は、その一条において、相続により財産を取得した者は相続税を納める義務がある旨規定しているが、右にいう「財産を取得した」とは、観念的に「被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」というものではなく、相続権の侵害のない状態において当該相続財産の占有をも取得するという現実の取得を意味するものである。かくして、はじめて相続税の担税力が得られるものであり、同法三二条の規定も右の結論を前提とするものである。されば、原告は、末だその相続分に応じた別紙目録記載の不動産の三分の一の持分権をその侵害のない状態において現実に取得していないものであるから、相続税の納付義務を負担しないものである。しかるに、この点を誤り原告に相続税の納付義務があるとしてした前記更正処分は無効であり、これが有効であることを前提とする前記差押処分も違法であつて取消しを免れない。

第三被告の答弁および主張

請求の原因事実のうち、更正処分が無効であり、差押処分が違法であるとの主張は争うが、その余の事実は認める。

相続税の納付義務は、被相続人の死亡と同時に発生するものである。すなわち、相続税にいう相続は、同法に特有のものではなく、民法に定めるところと同一である。したがつて、相続人は、被相続人の死亡により被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するものである。ところで、相続税法は、その五五条において、右にいう相続があつて末だ遺産の分割がなされないときは、民法に定める法定相続分に応じて相続財産を取得したものとして課税価格を計算することとし、その後において遺産分割がなされ相続人がこれにより現実に取得した財産に係る課税価格が右と異なることとなつた場合には、現実に取得した財産を基礎とする課税価格および税額に応じて、申告書を提出しもしくは更正の請求をなし又は税務署長において更正又は決定をすることができる旨規定している。そうであるから、相続人は、現実に相続財産を取得すると否とにかかわらず、相続開始の時から相続税の納付義務を負担するものである。したがつて、原告の主張は、失当である。

理由

被告が原告に対し、昭和四一年八月一六日、亡荒井正八郎が昭和三九年一月二七日死亡したことにより、別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を相続したとして、相続税額六、一二一万六、一七〇円、無申告加算税額六一二万一、六〇〇円と決定し、次いで昭和四二年六月三〇日、右決定を相続税額四、九七六万七、四〇〇円、無申告加算税額零と更正し、これに基づいて、昭和四三年二月二〇日、別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を差し押えたことは、当事者間に争いがない。

原告は、亡荒井正八郎の死亡により、原告が別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を相続したことについては、共同相続人である荒井キミとの間において紛争があり、いまだこれが解決しておらず、したがつて原告は、いまだ右不動産の三分の一持分を現実に取得していないものであるから、原告の相続税納付義務は発生していない、と主張するので、この点について判断する。

原告の亡母新倉いさは、昭和一九年二月一一日死亡したが、亡荒井正八郎の亡父母と大正八年三月六日養子縁組をし、その養女となつていたものであるから、原告は、右正八郎の死亡により、同人が当時所有していた別紙物件目録記載の不動産の三の一の持分を同人の妻荒井キミとともに代襲相続したこと、しかるに、右キミは、単独で右不動産を相続したとして、昭和三九年七月二七日相続税の確定申告をしたこと、原告が昭和四二年三月二七日、荒井キミを相手方として東京家庭裁判所八王子支部に遺産分割の調停を申し立てたが、これが不成立に終り、さらに原告が昭和四四年一月二四日、右キミを被告として東京地方裁判所八王子支部に前記相続により別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分権を有する旨の確認等の訴えを提起し、該訴訟が現に係属中であることは、当事者間に争いのないところであるが、相続税法は、その二七条、三一条、三二条、三五条、五五条等の各規定を検討すると、相続等により取得した財産を基礎として相続税を課すべきものとしているが、当該相続税の申告期限までに遺産分割が行なわれない場合には、相続人が現実に相続により取得した財産が確定しない場合においても、便宜、当該相続人の法定相続分に応じて遺産を相続したものとして、課税価格および相続税額を算出して相続税を課し、後日遺産分割が行なわれて相続人の取得する財産が確定したときは、その際にこれを基礎として相続税額を改算し、それに基づいて更正の請求又は修正申告をなし、あるいは更正がなされることを建前としているものと解するを相当とし、このことは、長期間にわたつて遺産分割を行なわないことにより、いまだ現実に相続により取得した財産が確定していないことを理由に、相続税の納付義務を免れるというがごとき不都合を防止するための措置であるばかりでなく、国家の財源を迅速、確実に確保するという国家的要請に基づくものでもあることから、遺産の分割が行なわれないことが当該相続人の意思によるものであるか否かにかかわらず、一律に実施すべきことを相続税法が規定しているものというべきであるから、原告が相続権あるものと主張し、これが共同相続人である荒井キミとの間において紛争となつており、それがためにいまだ遺産分割が行なわれず、原告が現実に取得した財産が確定できないものであつても、被告において、原告に相続権があるものと認め、その法定相続分に応じて課税価格および相続税額を算出して相続税を決定し、これに基づいて差押処分をなすことは、原告主張のごとき瑕疵があるものということはできない。

されば、原告に相続税の納付義務の存在しないことの確認とこれに基づく差押処分の取消しを求める原告の請求は、その理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 園部逸夫 渡辺昭 竹田穣)

物件目録〈省略〉

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